「ゲノム医療ってなんだろう~悲しむ人をつくらないために〜」実施レポート*
早稲田大学社会科学部4年 福重奏
*本イベントについては,くらしとバイオプラザ21ウェブサイトでも紹介されています。
2023年11月19日、「ゲノム医療ってなんだろう~悲しむ人をつくらないために」と題したイベントが開かれた。本イベントは、NPO法人くらしとバイオプラザ21が主催しテレコムセンターで行われた、サエンスアゴラ2023ミニステージにて行われた。
この日の演目は、参加者が取り組む課題が多く、以下の目次のとおり。
総合司会は、神奈川工科大学の宇佐美優実さんとレポートの筆者である早稲田大学の福重奏がつとめた。グループに分かれた参加者たちが他己紹介をするアイスブレイクを行なって、イベントが始まった。
目次
- 話題提供
- グループディスカッション
- 講評
話題提供「遺伝情報の保護とゲノム医療法」
早稲田大学社会科学部 准教授 横野恵氏
6月10日、可決・成立し、16日に公布・施行となった「ゲノム医療法」は、ゲノム医療を安全かつ平等に利用できるようにするためのもので、患者と研究の進展に寄与する。遺伝子レベルでの詳細な分析から治療へと直結する今、ゲノム全体の検査の普及は、がん治療をはじめとする多くの分野で広がりを見せている。同時に、患者の負担軽減に向けた積極的な取り組みが求められている。
差別防止に向けて
ゲノム医療法では差別をなくすことがかかげられている。そこには、ゲノム情報に基づく差別偏見が懸念されている背景がある。生命保険への加入拒否や保険金支払いの遅延といった、ゲノム情報が原因で不利益が生じるケースが想定される。全ゲノム解析のプロジェクトは日本で始まっており、具体的な規定が求められている。一方、ゲノム医療法では定められておらず、これからの課題である。シンガポールでの遺伝学的検査と保険の関係に関するモラトリアムのように、海外では一歩進んだ議論や枠組みの策定が行われている。
日本でも遺伝情報に基づく差別防止に向けた取り組みが進められている。2000年、「ヒトゲノム研究に関する基本原則」が確立され、遺伝情報による差別禁止が明記された。この原則は理念として提示されており、法的な強制力はない。2017年には「ゲノム医療などの実現・発展のための具体的方策について」が取りまとめられた。これにより、ゲノム医療の普及に伴う社会環境の整備と、差別が起きないような対策の必要性が強調されている。背景として、過去には「旧優生保護法」により不妊手術が強制された事例が存在することが挙げられる。この法律は1996年まで存在し、病気や障害を理由にした不当な手術が行われていた。これに対する補償として、2019年に被害者への一時金支給に関する法律が成立した。現在も複数の裁判が続いており、2023年11月には最高裁での統一判断が示される見通しである。
調査・研究からわかっていること
諸外国の調査や研究からは、遺伝情報に基づく差別に対する懸念や不安が存在することがわかっている。これらの懸念は個人の重要な意思決定に影響を与える可能性があり、特に保険分野での差別に対する不安は顕著である。差別禁止の法律や政策が存在しても、これらの懸念や不安が完全に解消されるわけではない。
日本国内における状況も、平成28年に行われた厚生労働科学特別研究事業の結果、行政や保険加入、結婚、就労における差別に対する国民の懸念が浮き彫りになっている。保険加入時の差別、学校や職場でのいじめ、交際相手からの拒否や反対といった差別の実体験が報告されている。これらの問題をどうカバーしていくか、そして法律やガイドラインでこれらをどう対処できるかが問われている。
米国では、遺伝情報差別禁止法(GINA法)など、連邦法や州法を組み合わせて遺伝情報に基づく差別を禁止する強力なメッセージが発信されている。さらに、世界的には生命保険におけるゲノム情報の利用規制を強化する動きが見られ、遺伝情報に基づく差別を禁止する規制の必要性に関する議論は既に多くの国で進んでいる。
日本では、ゲノム情報に特化した法律は存在しないが、個人情報保護の仕組みや医療従事者の守秘義務、医学研究に関する倫理指針が設けられている。しかしながら、これらの措置では、他国のようにゲノム情報に基づく差別の直接的な予防や救済を強制力をもって実施することは難しい状況である。このような背景から、ゲノム情報の適切な扱いや保護に関するさらなる法制度の整備が日本においても求められている。
ゲノム医療法による社会変容
本法の基本理念は以下の三つである。
- ゲノム医療を全ての人が受けられるようになること。
- 生命倫理への適切な配慮が求められること。
- ゲノム情報に基づく差別がないように保護されること。
本法の射程には、具体的な事象が発生した際の具体的な対処方法は含まれていない。そのため、国や地方公共団体が個別具体的な事案にどのように対処すべきかが問題となる。これから国は基本計画を策定し、具体的な施策を明示していくこととなる。これには関連する指針の策定や体制の整備が含まれる。
優生保護法に関する過去の問題はまだ完全には解決されていない。過去に存在した偏見や差別を事実として受け入れつつ、新たな偏見や差別を生み出さないように、法律による強制的な規制ではなく、対話による指針の策定を目指す必要がある。ゲノム医療法の未来には、様々な関係者が参加し、共に進めていくことが肝要である。
グループディスカッション
4グループに参加者とファシリテーターが分かれ、質問や発表を通して議論を深めた。
話題提供への質疑応答
ゲノム医療に関連する法律を中心に、データの管理と利用、保護、及び個人への影響に関する幅広いトピックが取り上げられた。ゲノム医療法の目的、法律による差別対策、データの管理とその医療への応用、日本における国外の法整備の適応可能性、保険整備のコスト可能性についても議論された。
ゲノム医療法の目的
質問: ゲノム医療法は国民一人ひとりのための法律か、研究を進めるための法律か。
回答: たんに研究を進めるのではなく、個人の懸念を解消して安心して研究に参加したりゲノム医療を受けたりすることができるようにするための法律である。
⠀ゲノム医療の役立ち方
質問: ゲノム医療はどのように役に立つのか。全ゲノム解析で何をめざすか。
回答: 難病の診断、がんのタイプ分けや適切な医療選択に役立つ。自分にあった医療が全員に提供されるとは限らないが、臨床試験に参加して治験薬の投与を受けることも考えられる。
市民参画の方法
質問: どうやって伝えていくのがいいか?
回答: 教育、啓発、議論の場づくりが法律に含まれている。
⠀ゲノム医療法と差別への強制力
質問: 差別への法律による対策はないということだが、法律で決めないのは危ないのでは?
回答: 強制力があると法律作りが難しい。最低限の内容で法律を作ってみるという考え方で、本法は成立した。今後、具体的な議論をつめていく。
⠀法的強制力のない規制の問題
質問: 法的強制力のない規制による問題は何か。解決策はあるか。
回答: 差別や不利益への不安から検査や治療を躊躇する人はいる。実際に躊躇されると研究や医療は進まない。
⠀データ管理と利用
質問: 集めたデータには、管理と利用の2段階あるが、どのような想定か?
回答: 管理ではバイオバンク、データベースが整う。利用では全ゲノム解析が医療で活用される。個人情報保護の規制は世界的に厳しく、個人データを海外にどこまで出していいかがポイントとなる。
⠀法整備と国際比較
質問: 諸外国では法整備が進んでいるが、日本にあてはめられるのか。
回答: 日本に外国の法を直接あてはめるのは難しい。
⠀ゲノム情報と生活習慣
質問: ゲノム情報は変化するのか。生活習慣で変えられるのか。
回答: 生活習慣は環境要因の部分で、環境要因に介入することで病気のリスクを下げられる。
⠀保険整備とコスト
質問: 保険整備のためにコストがかかるのではないかと思う。
回答: 本文には直接の回答がありませんが、保険整備とコストに関する懸念を示しています。
ゲノム医療に期待すること、心配なこと
質疑応答を踏まえた議論の中で、ゲノム医療に対する様々な期待と心配が参加者から示された。
ゲノム医療は、法律による差別防止や発症リスクの把握など、個人の健康管理と治療に大きな進歩をもたらす可能性を持つ。特に、薬アレルギーや病気の早期発見、個人に適した治療方法の提供が期待として挙がった。さらに、個別化医療の発展により、患者の不安が減少し、治療費の助成が拡大することが予想される。これらの進展は、将来的にゲノム医療を社会の一部として受け入れる土壌を作るとも期待されている。
一方で、国民の理解と協力を得た法整備の実現可能性、センシティブな情報の管理、知らない権利の保護などに対する不安も存在した。検査結果に基づく差別の発生、法整備のスピード、遺伝子情報を重視した社会への移行、結婚相手や子どもの職業選択への影響などは、ゲノム医療がもたらす潜在的な問題として挙げられた。
これらの期待と心配は、ゲノム医療が個人と社会に及ぼす影響を総合的に考慮する必要があることを示している。ゲノム医療の利点を最大限に活用するためには、技術的な進歩だけでなく、倫理的、社会的な課題にも対応するための綿密な計画と協力が求められる。
ゲノム医療法については、今日のワークショップに参加して初めて知った人がほとんどであった。それでも、これから多くの意見を取り入れながら実施計画が作られる。最後に参加者全員で「自分にできること」「ゲノム医療を進めるうえで大切だと思うこと」をカードに書いて貼り出した。
講評
堤正好さん
講演と参加者の議論がかみあって、皆さんがよく考えて下さっていることを感じた。短い時間なのに、現在、世の中に出ている意見がほぼすべて網羅され、幅広い議論ができて、ファシリテーターの皆さんの力が大きかったと思う。
横野恵さん
具体的な法律の運用についてはみんなの声を聴いてほしいという意見がでてくることが大事。短時間に膨大な情報をえられるようになるのがゲノム解析。解析コストは下がるが解釈のコストは上がる。解釈をどう使うのかを考えていかなくてならない。 正しく恐れること、感情的な怖れに寄り添うことが大事だと思う。
筆者からのコメント
本イベントを通じて、ゲノム医療についての多角的な視点を深める機会となりました。授業での議論も充実していましたが、今回はさらに多様な年代や背景を持った方々の意見を聞ける場を設けることができ、その新鮮さと価値に深く触れることができました。実際にゲノム医療が広く受け入れられるためには、形式的な法律論だけでなく、人間の感情や不安にも目を向け、それらに寄り添うことが不可欠であると強く感じました。
ゲノム医療の普及に向けて、法律により倫理的な観点を組み入れたアプローチが必要だと実感しました。このアプローチは、ゲノム医療に関わるすべての人が納得し、協力し合い、その恩恵を享受できる社会の実現に必要不可欠であると思います。今回のイベントを通じて、その一端を体験することができたと考えています。この学びを続けていき、ゲノム医療がもたらす未来に対して、より理解を深め、貢献できるよう努めていきたいと思います。
Comming soon...
Comming soon...